福山型筋ジストロフィー講演会


講演@ 「先天性筋ジストロフィー研究の進歩」 武蔵病院長 埜中 征哉

発達の遅れとして現れる福山型
 先天性筋ジストロフィー(筋ジスと略す)の赤ちゃんに異常があるということはお父さん、お母さんがみても最初は分からないことが多いのです。多くのお子さんの症状は発達の遅れとして現れてきます。福山型の患者さんでは首が座るのが平均8ヶ月、お座りができるのが平均2歳くらいです。普通のお子さんですと平均3ヶ月か4ヶ月で首が座る、歩きはじめは1歳くらいです。それに比べると随分遅れがあることになります。仰向けになっている赤ちゃんの手を引っ張って持ち上げてみます。そうすると首がついてこない。それは首が座っていないということです。また、肩のところや肘も、力がないので曲がらないで真直ぐになってしまいます(写真1)。
発達の遅れがあるので、病院に来て血液の中のクレアチンキナーゼ(CK、CPK)という酵素を測ります。その値が高いと筋ジスのような病気があるのではないかということになります。筋肉は壊れても再生します。先天性筋ジスの方も同じで、壊れては再生し、壊れては再生するのです。ですから再生をうんとうながしてあげれば病気の進行は止まるということで、現在、遺伝子治療とともに再生医学が世界の中で非常に脚光を浴びているところです。
福山型と遺伝 
 筋ジスは遺伝形式によって表のように分類されています。数字は国立精神・神経センターでの頻度です。

筋ジストロフィーの分類頻度
A)X-連鎖劣性遺伝 デュシェンヌ型 36%
ベッカー型 20
エメリ・ドレフュス型
B)常染色体劣性遺伝 肢帯型 19%
先天型 18
遠位型(三好型)
C)常染色体優性遺伝 顔面肩甲上腕型

筋ジスの中で一番多いのはデュシェンヌ型で、それが全体の36%を占めます。ベッカー型というのもその次に多くて20%位で、両方の病気ともX連鎖(性染色体)劣性遺伝をとります。このX連鎖劣性遺伝というのは色盲とか血友病などと同じように男の子だけに出ます。それから常染色体劣性遺伝というのがあり、これには肢帯型、先天型があります。先天型は18%です。先天型は決して珍しい病気というわけではなくデュシェンヌ型の約半分になるわけです。
 先天型(性)筋ジストロフィーは日本で調べて見ますと福山型が3分の2と圧倒的に多いです。福山型は中枢神経症状を伴い、非福山型は中枢神経症状がないものをいいます。最近ではウールリッヒ型、筋・眼・脳(MEB)型、ウォーカー・ワールブルグ症候群(WWS)など、いろいろな先天性筋ジストロフィーの原因が分かってきています。まだまだこれからいろいろな先天性筋ジストロフィーが見つかってくると思いますが、日本では断然、中枢神経症状を伴う福山型が多いのです。福山型というのは1960年に東京女子医科大学名誉教授の福山幸夫先生によって報告されたものです。筋ジストロフィーというのは普通中枢神経症状を伴いません。筋肉の病気なのに中枢神経症状があるのはおかしい、そういう筋ジスはありえないということで世界から認められず、教科書にも長い間、載っていませんでした。最近は遺伝子も見つかり、福山型という病気があるということを疑う人はいなくなりました。
 福山型は常染色体劣性遺伝という遺伝形式をとります。お父さんとお母さんが一つずつ遺伝子の異常を持っている。どちらか一つだけ異常な遺伝子が子供に伝わるなら一つは正常な遺伝子があるので、正常な遺伝子が働き病気にはなりません。お父さん、お母さんから異常な遺伝子が両方来て二つが重なると病気になるのです。これを常染色体劣性遺伝といいます。福山型の方に兄弟、姉妹がいてその方が健康な方だと、その方は保因者かもしれないし、全く遺伝子の異常を持ってないかもしれません。その方がたとえ遺伝子に異常をもっていたとしても、結婚する相手も遺伝子の異常がないかぎり次の世代にいきません、その確率はきわめて低いので、お子さんが福山型になることはまずありません。今まで私は沢山の福山型を見てきましたが、世代を超えて遺伝した福山型というのは一例も経験していません。
 福山型は頻度としては日本人の人口の10万人に1人か2人、生まれてくるお子さんの1万人に大体1人くらいということになります。保因者、即ち遺伝子の異常を持っている人はどれ位いるかというと日本人の70人から80人に1人、例えば満員電車に300人乗っているとするとその中の4人位は保因者ということになります。それくらい沢山の人が日本人の中にいるのです。両親がたまたま遺伝子の異常をもっているとすると、そのお子さんの4人のうち1人が福山型と言うことになります。人間はどんな人でも難病といわれている病気の遺伝子を大体7つか8つは持っていると言われています。今日いらっしゃる福山型のお父さんとお母さんにたまたまそれが重なったということになります。
福山型の病状・特徴
 病状としては赤ちゃんのときに首がすわるのが遅れるというのが一番多く、ほとんどの人はお座りまで出来るようになります。重症な方ではお座りが出来ない方もあります。大体5%から10%は歩行が可能です。また、ほとんどの方に知的な発達の遅れがあります。しかし最近、福山型の遺伝子の異常を持っていても知恵遅れの全くないという人が学会で報告されています。それから大体50%くらいの人はけいれんをおこしています。けいれんの中には熱性けいれんやてんかん性のけいれんが入っています。ただしけいれんは軽くて、普通はけいれんを止める薬(抗てんかん薬)がよく効きます。また、早くから股関節とか足の関節などの拘縮をみます。この病気は進行が非常に遅いけれども出発点からお座りが出来ないなどのハンディキャップがあります。私が見てきた中で一番長生きしていた福山型の方は46歳の方です。46歳のときに生存しておられて、その後は消息不明ですがもし生きておられたら50歳をはるかに過ぎています。そのように福山型は進行が非常に遅いから長生きする方も沢山おられるわけです。さらに中枢神経の障害ですから、脳のCTとかMRIをとるとしばしば異常が見られますし、筋ジストロフィーで筋肉が壊れていますので血液のCK(クレアチンキナーゼ)値が高いのが特徴となります。
 それともう一つ特徴的なことは、デュシェンヌ型は顔の筋肉が侵されないのに福山型のお子さんは顔面筋が侵されます。口を開けていることが多いとか、よだれが多い。さらに少しふっくらした頬をしているのも特徴です。福山型の方特有の顔つきというのがあります。福山型のお子さんというのは皆さん非常にかわいいですね。なぜ福山型の人は皆かわいい顔をしているかというと、私が見る限りはまつ毛が長くて多いのです。もう一つ、目の白目のところが少し青味を帯びています。それで目が非常にきらきらと輝いています。

中枢神経(脳)と筋肉の異常
 福山型はおなかの中で赤ちゃんの脳が形成される時にちょっとした間違いがおこります。脳のMRI(磁気共鳴画像法)でみると、神経細胞の通り道になっている脳の白質部分に異常があります。また、脳表面のしわがある場所がつるつるとしています。これはおなかの中で赤ちゃんの脳が出来る時に脳のしわがうまく出来ないのです。それがひきつけをおこすなどの原因にもなります。さらに頭の後ろにある小脳に、小さな襄胞というか粒のようになったものが見られます。
 筋肉の異常は、筋線維を輪切りにしてみると、普通の人では同じような大きさに見えますが、福山型の人は細胞を同じ倍率で見ても大体は普通より小さいのです(図2)。それともう一つは筋肉と違って伸び縮みしない結合組織が増え、関節が硬くなります。放っておくと固まる一方ですからリハビリなどにより毎日少しずつでも努力することによって関節の拘縮を遅らせることが出来ます。

福山型の原因の発見
 福山型の原因がわかったというのが最近の素晴らしいニュースです。1999年に「Nature」という雑誌に載りました。それは大阪大学の戸田達史先生方の努力によるものです。福山型は日本人だけのものですので日本人の手で見つけようと全国の人たちが協力し遺伝子が見つかったのです。大体2,000年から3,000年まえの日本人の祖先に異常なDNA(そのDNAをトランスポゾンといいます。トランスポゾンは3,000個:3kbのDNAからなっています)がまぎれこんだ。そのために病気になったという論文です。ちょっとお分かりにくいかと思いますが、「2000〜3000年前に日本人の一人がいて、その人が突然変異を起こし、そのトランスポゾンというものが遺伝子の中にカセットのように入り込んでしまった。だから福山型はその遺伝子の異常でおこる」、こういう論文なのです。日本人の祖先の一人に見られた遺伝子の異常が、何千年もかけて日本中にひろがっているというわけです。ですから福山型は殆んど日本人だけに限られている。日本人はあまり国際結婚をしないので日本人の中だけに患者さんがいるというわけです。 福山型のお子さんに欠けている蛋白、それがフクチンという蛋白です。福山型はフクチン遺伝子の第9番目の染色体の長腕の真ん中あたりにトランスポゾンが入り込んでいるのです。それがあるためにフクチン蛋白の形成異常がおこって病気になるというわけです。この蛋白の機能はまだ十分には分かっていません。あとでお話しますが、最近になってフクチン蛋白に糖の鎖(糖鎖)をつけるところに欠陥がありそうだということ明らかになっています。糖の鎖をどのようにしたらうまく蛋白に付けることができるか、それを解明することが治療への道につながっていくと思います。
 福山型先天性筋ジストロフィーは今のところ日本人だけの病気ということを申し上げましたが、最近ちょっと変ったタイプの福山型がみつかりました。2003年の雑誌にトルコで重度の先天性福山型筋ジストロフィーが見つかったのです。フクチンの遺伝子に異常があるけれども3kbのトランスポゾンが挿入している変異ではありませんでした。このことはフクチン遺伝子の別の変異の組み合わせでも福山型が起こるということになります。お父さんからも3kbのトランスポゾン、お母さんからも3kbのトランスポゾンの挿入の福山型の人は症状が軽いのです。お父さんからは3kbのトランスポゾン挿入、お母さんからは別の遺伝子の異常をもらった人は病気が重いと言われています。3kbの挿入のないフクチン遺伝子の異常の人はみんな重症でお腹の中で死んでしまいます。だから福山型は外国人にはいないのです。3kbのトランスポゾンが入っているということが必ずしも病気を重くするということではなくて、むしろ福山型を軽くするということです。
福山型以外にも中枢神経症状を伴う先天性筋ジストロフィーがあり、それは糖鎖修飾の異常が原因
 福山型以外にも中枢神経症状を伴う先天性筋ジストロフィーが最近沢山わかってきています。中枢神経症状を合併するもので一番多いのは福山型ですが、その他にも筋・眼・脳病というものがあります。この病気は日本人にはとても少なく北欧に多いと言われています。

 人の名前でウォーカー・ワールブルグ症候群というのがあります。これも日本にかなりあります。福山型ほど多くはなく福山型の5%かそこらだろうと思いますが、私も何例か見たことがあります。この3つの病気は原因が非常によく似ています。おなかの中で赤ちゃんの脳が出来るときに異常がおこる。それから筋ジスがおこる。それは共通です。びっくりすることに、この3つの病気は原因も非常に共通しているのです。
 中枢神経症状を伴う先天性筋ジストロフィーは細胞膜にあるαジストログリカンという蛋白に糖の鎖(糖鎖)がついていないのです。蛋白は単独では十分に機能できません。蛋白の上に糖鎖がついて(糖鎖の修飾といいます)、始めてうまく機能できるのです。将来糖をうまくつけるような方法が出てくれば筋ジストロフィーは治せるはずです。ですから現在、糖鎖を蛋白につける研究が盛んに行われています。非常に幸いなことに日本はその研究が非常に進んでいます。他の国に多い筋・眼・脳病の原因を戸田先生や遠藤先生達の日本人グループが見つけたのはそのようなわけです。現在皆が一番熱中している研究は、福山型では糖をつけるところにいったいどういう障害があるのだろうかということです。多分それは2〜3年のうちにわかるでしょう。すると今度はそれが治療に結びつくことになると思います。一日も早く治療法が完成することを祈ってわたしの話を終わります。

図1:福山型のお子さん。首がすわっていないので、寝た位置から手をひっぱっても、頭がついてこない。



図2:正常(左:
N)と福山型(右:FCMD)の筋病理像。福山型では筋細胞の大きさは小さく、筋細胞と筋細胞の間にすき間があいている。このすき間は結合組織で、筋細胞より固く、伸び縮みがほとんどない。そのために福山型では関節が硬くなり伸びなくなる。





Copyright(c) 20XX DDN,Inc. All Rights Reserved.(記述例です)